ファッション・アクセサリ

2007年6月 7日 (木)

『 靴みがき(後編) 』

ブラシとウエス(使い古しの綿シャツとか:元々は「waste(くず)」から由来する。ボロ布やボロのこと:だそうだ(三省堂「広辞林」より)で、埃やドロなんかを落とす。

靴クリーナー(クリーム)でさらに細かい埃をウエスで拭取る。

革の表面が次のクリームと馴染みやすくなるよう、湿気を帯びるのを待つ。

続いて靴の色に合わせた靴クリームを全体にまんべんなく、また、色落ちしてしまったところには、たっぷり「染色する気持ち」で塗りこむ。

他の靴も同じ順で進めるので、ここでしばし時間をおくことになる。

クリームが靴の肌に染込むのを待つように。

最後はまた使っていない「ウエス」で丁寧に「光れ、光れ!」と念じながら、革の表面を磨く。

するとさっきまでしっとりなめし革だったのが、見る見るうちに光を反射し始める。

革靴の質感の中に輝きを持つとそれは『艶(つや)』と呼ばれる。

手入れの行き届いた靴には、この『艶』が、しかも重厚な艶がある。

僕のお気に入り靴に、黒革のポストマンシューズ(郵便配達夫が履く、底が真平らの靴:《RED WING》社製)というのがあった。

この靴は良く履き、よく磨いた。

ある時、磨きたてのこの靴を履いて出かけた。

電車を乗り継いでのことだった。

JR品川駅のホームを歩いていたのだが、アナウンスの言われるまま、線路に落ちないよう足元(あしもと)に気を使ったその時、僕は目を奪われた。

快晴のその日の青い空が、自分のお気に入りの黒い革靴に映っていたのだ。

僕は驚いたが、その日一日、青い空を履いて、東京の街を歩いた。

もちろんすこぶる爽快な気分だった。
                            (了)

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2007年5月31日 (木)

『 靴みがき 』

休みの日、家内が掃除をしているうちに、通勤用の靴を磨いた。
まとめて四足。黒二足、茶、エンジ各一足。
あっ、それとオフタイム用のワークブーツ一足は衣替えのため。

靴みがき後、茶色初日、雨・・・・。
磨いたばかりの靴はやはり晴れた日に履きたいが、靴クリームに含まれる油脂成分が、水をはじいてくれるだろうと気を取り直す。
玄関を出ると案の定、雨雫が茶色い靴の上を転がった。

通勤電車の中、よく手入れされている靴は他人のモノでも、見ていて気持ちが好い。
テレビドラマにサラリーマン家庭だと、専業主婦の奥さんが靴を磨くシーンが、・・・なんてのは、20年前の話か、
今時は、ポリの容器(大体黒か黄色だが、)の先っぽにスポンジがついてそれでツヤ出し素材の入った液体を塗りつけてお終いか、

近頃、都心の街に出ないせいか、靴みがきのおじさんや、おばさんを見掛けることが無くなった。
顔や手を黒くしたおばさんの前に、高い位置から見下ろすように座るあの椅子。
今思えば、とても違和感を覚える。
自分はおそらく一生座ることは無いだろう。だがどこかで、あの差別的な階級社会的な、スタイルに位置してみたい自分が居たのも事実だ。
昔は靴を磨いてもらうのに、いくら取られるだろう、と、値段が心配だった。
そこにも、お金持ちと貧しい人の対比を無意識に感じていたのだと思う。
いま自分もサービス業、接客業で生業を立てているので、靴を磨く側の立場感情は少し分かるような気がする。
しかしあの頃お金持ちにしかできない事、お金持ちが格好イイと思った瞬間があったんだろう。
あの椅子に座りたいと思ったのがその時なのだと思う。              (続く)

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2007年5月21日 (月)

『 パンツ 』 (いろはの -衣-)

(値の張るものは丈夫だ。)

これは先のダボシャツ、ステテコに続いて、肌着つながりで、パンツのことである。

今の言葉では、「インナーの前開きボクサートランクスタイプ」のことで、

当時(中学時代より白ブリーフを卒業し)僕らは「柄パン」とか「デカパン」とか呼んでいたと思う。

要は、下着のパンツでブリーフではない方のこと。

(今はもっと色んな種類があります。

・ストレッチ総柄前開きボクサー    ・前開きプリントトランクス        

・前開きニットトランクス         ・前閉じアウトゴムストレッチブリーフ 

・前閉じ太(ふと)リブビキニブリーフ  ・前開き太リブボクサー         

・ストレッチ前閉じボクサー       ・前開きボクサーブリーフ        

・前開きデニム調ボクサー       ・前開きニットトランクス         

・ジョギング型前開き先染めトランクス 

・ボックス型前開きプリントトランクスなどなど            by ニッセン)

そのパンツが近頃安いものしか買っていないからか、あまりにももたない。

二枚で\500とかの代物で、一年もたたない内にウエストのゴムが伸びる。

消耗品と考え、良しとするか、額も額だし。

ただ生地はまだまだ活き活きとした色をしているのに、上記『リブ』部分が伸びて、腰にゆるく、パンツはズボンの中で下がり始める。

なんとも、しゃくな事だ。(ズボンの中でローライズ、尻の上側の割れ目が露出していたりする)

一方、それらに対し、僕はいまだ約15年前に買った柄パン(「総柄プリントトランクス」に当たる)を何枚か現役で穿いている。

これらは、僕が鳶職(とびしょく)の頃、仕事が早く終わり、銭湯で汗を流した後に、買って穿いて帰ったものだ。

「一枚、\1000」

鳶をしていた一年半の間におそらく50枚くらいは穿いて帰ったと思う。

柄はまったくもってセンスのかけらないものから、幾何学模様、ブリティッシュスタイルのタータンチェックや斜めのラインの入った(レジメンタル?)もの、ゴルフや自動車、馬、犬など総柄など。

家が遠い訳ではなかったが、家を出る前は終わったら真直ぐ帰ろうと思っていても、陽の高いうちに入る大きな湯船の味を覚えてしまったら、もうたまらない。病みつきになった。

そして、汗に濡れたパンツを穿いて帰ることなどできずに、ついついその

「一枚、\1000」

のパンツを買ってしまう。

ちょっとイキがって高くても買ってしまうノリがあったのと、

そのお風呂屋さんは同級生の親御さんが営んでいたこともあり、番台に座るおばさんに儲けてもらいたいと思ったり、まぁこれも格好つけかな。

50枚のうち、10枚くらいは風呂の終い掃除の手伝いをして貰ったりもしているので、二割引の\800くらいにはなっていたか。

汗を流して、さらさらのパンツを穿いて独り帰り道の焼き鳥屋でビールとつまみを、なんてのを覚えたのもこの頃。

とにかく、その時買ったパンツが何ほど丈夫で、生地が透け透けになって、最期はしゃがんだ時にお尻のほっぺのところがビリビリに裂けて、ようやくお役御免になる。

そこまでの間にはその時代の都度、ラッキーな柄で験を担いでみたり、

今で言ういわゆる勝負パンツとか(ほとんど仕事に関してですけどネ)

パンツで占いができるほどその種類を楽しませてもらった。

まだ2~3枚残っている彼らに賞賛の拍手を送りたい。

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2007年5月 2日 (水)

『いろはの - 衣 -(その2)   』

ここ数年の街で見かける高校生の格好、主に通学服の姿にはまったく首を傾げてしまう。

男子、ズボンを尻まで下げて穿き、安い柄パンを見せ、裾はカカトを引きづっている為、汚れ、シミ、そして擦り切れてボロボロになっている。
革靴のカカトも踏み潰している。
冬はジァケットの下に大きいセーターやカーディガンを着込み、袖などから12,3センチはみ出させている。
そして汚れている。ような気がする。

女子はプリーツスカートの下にスウェットパンツ。靴は男子と一緒でカカトを踏んでいる。
化粧をしている顔は厚く塗られていなければいけないすっぴんも眉毛が抜かれ、顔色が悪い。
そして汚い。ような気がする。

ルーズフィット、ミスマッチなどファッション用語にもあるだろうけれど、これらを僕はいただけない。

学生服はビシッと着るのが、格好よい思っていた。
僕は中学も高校もツメ入りの学ランだったので、(元を糺せば軍服なのだけど、)だからこそピシッと着て当たり前、その着こなしがカッコイイと思っていた。
軍人になりたいと思ったことはないので、真などはなかったけどね

着こなすといえば、下町育ちの僕は浴衣なんかを着る機会もあり、これこそピシッと、そしてさらりと(ルーズフィット?)着こなしたい。
頭は短髪が好い。

浴衣といえば、ダボシャツに猿股。(いわゆるステテコだ)
これは夏のその着心地を味わってしまうとホント病みつきになる。(背広の下には着ないけどね)

肌触り、風通し、身の動きが楽で、
まぁこれは、お祭り好きの先輩(師匠)に教(おす)わった肌着屋さんのそれが、品物が良いからだけど、細い糸の綿生地が自分の身体を緩やかに覆ってくれる。
生地も他にも麻や絹など高級品もあるけど、その肌着屋さんのオヤジさん曰く、
『綿は綿下、絹は絹下』
と、
羽織る着物の生地に合わせて、同じうに合わせて肌着を着けるもの、らしい。

肌触極細柔     肌触り、決め細やかにしてしなやか也
風抜如木陰     風抜けること木陰のごとく
即絶縁湿気     すなわち湿り気と縁を断つ

肌着といえば、昨シーズン長袖シャツを買って着た。
買ってきたのは家内だけど、この歳でこの年にそんなシャツを着ることになるとは思ってもみなかった。
なぜなら格好悪すぎるからだ。
小学生の頃こんなのものを着ていたら風邪でもひいていなかったら馬鹿にされて、仲間外れの的にでもなっていたかもしれない。(そう思っていた)

しかし恥ずかしながらそのシャツを着てみたところ思わず笑みがこぼれてしまう。
少し腹が出たが広い肩の筋肉と胸のあたりが盛り上がっている。
薄い綿素材がピッタリと胸から肩、腕、袖口まで張り付いて、衰えはじめた身体の線を着実に表している。
普段着るTシャツタイプの肌着だとこうはいかない。

北野武が映画で似たような格好をして暴れまくっていたのを思い出した。(『血と骨:崔洋二監督』)
若いモンにはまだ負けない、昭和の頑固親父の力強さを着ているという感覚か。

今の音葉で言う『ダサカッコイイ』か。
今どきの高校生の着こなしもそこなのか?・・・あれっ?  (了)

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『いろはの-衣-(その1)』

「今日はどんな格好でいくのぉ?」と家内が言う

「Gパンとなにか・・・」僕が応える

去年、ここ10年以上も穿いていなかったデニムジーンズを買った。

店の外に吊られていたのを試してみたら、ウエストも裾丈(今時じゃ、レングスとかいう)もちょうど良く、シンデレラよろしくつい気をよくして、またファッションにはうるさい家内のOKも出て、購入に至ったのだ。

普段は綿パン(チノパン)やワークパンツが中心で、胴長短足(本来なら短脚だろう)の身体にGパンは似合わないだろうという家内の判断で穿くことがなかった。

なので、いざそれが多少なりともおかしくはないとなれば、堰切ったように、糸が切れた凧のように、餓えたハイエナのように、(そんなことはないか)Gパンが穿きたくなったのだと思う。

中学三年の夏に、初めて学習塾に入った。受験勉強のためだ。

公立高校の試験科目に「小論文」があり、塾ではその対策にと、時間内に出された課題を書くという授業があった。

『ファッション』の御題の時は、当時サッカー部に所属していた僕は着るものといえばスポーツブランドのジャージ上下ばかりだったので、「ジャージが一番!」のような内容のことを書いて、随分恥を書いた記憶がある。

そういえば、中学の修学旅行で写っている写真で、『真紅のコッパン:コットンパンツ』『ネイブーブルーのボタンダウンシャツ』の姿、窓枠に片足を掛け気取ったものがある。

当時「東京キッドブラザース」という演劇集団のスター、柴田恭兵を意識した(イメージしたスタイルだ)

キザなんだけど格好良い、そのスタイルに憧れていた

その時の真っ赤なコットンパンツはIVY世代の(10歳上の)従兄に貰ったお下がりだ。

ピンクのピンストライプや水色のサッカー地のものもあったっけ、

それらは名門『VAN』のものが多かった。

(『VAN』といえばIVYルックの創始者、石津謙介氏によるブランドである。)

今ではなかなかきる勇気が湧かないカラフルなスリムなもの多くて、

それにしても、どうして赤のコッパンが柴田恭兵なのか?

東京キッドの柴田恭兵が赤のコッパンになったのか・・・?

柴田恭兵といえば、白のスリムパンツにTシャツ、黒の革ジャンという印象だろう。

TVではじめて見たときの派手でキザな印象が、憧れの果てに、僕にそんな格好をさせたのだろうか・・・(ではまた)

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